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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1135号 判決

控訴人 丸静商事株式会社

右代表者代表取締役 谷口好雄

右訴訟代理人弁護士 永峰重夫

右訴訟復代理人弁護士 南俊司

被控訴人 高橋貞次郎

右訴訟代理人弁護士 岡和男

主文

原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金三五〇万円およびこれに対する昭和四一年一一月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。第一審の訴訟費用はこれを一〇分し、その六を控訴人、その余を被控訴人、控訴費用は控訴人の各負担とする。

本判決第二項は被控訴人において金一〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴人は次のとおり述べた。

(一)  訴外氷室武信は控訴会社の商品外務員であったが、そもそも商品外務員は、顧客を勧誘するだけでそれ以外の行為をすることはできないこととされており(商品取引所法第九一条の二)、控訴会社は主務大臣の許可を受けた営業所以外の場所で取引の委託を受けてはならぬこととされている(同法第九一条)。しかるに、右氷室が被控訴人の事務所において本件金員を委託証拠金として受入れた行為は、明かに右法条に違背する違法な行為に外ならず、それによって事故が起きてしまった以上は、当然控訴会社はその責を負わねばならぬものである。

(二)  控訴会社は本来丸山から被控訴人への委託取引口座の移転は認めない趣旨であり、氷室は控訴会社の外務員としてこのことは熟知していたのであるから、当初丸山から本件の話を聞いたときに阻止すべきであったし、また、被控訴人に面談した機会に被控訴人に対しこのことを告知し、以て事故発生を防止すべき注意義務があるのに、さらに一歩を進めて自らその違反行為に加功までしているものである。

また、控訴会社自体としても、被控訴人の主宰するプリマ株式会社振出の小切手により丸山の委託証拠金の入金があった際に、直ちにその事情を氷室から聴取するなりして、事故を未然に防止する措置をとるべきであったのに、これを怠り、漫然として金員の受入れをなした過失を犯したのである。

(三)  氷室は、被控訴人に対し、爾後の取引については被控訴人の指示のみに従い丸山には一切いじらせない旨を約して被控訴人から本件金員を出金させておきながら、後の弁解によれば「あれは冗談だと思った」などと放言している点を考え併せると、氷室は最初から被控訴人の無知に乗じて被控訴人から本件金員を出捐させることを企図していたものと断ぜざるを得ない。

控訴会社としても、丸山が入金のために交付した小切手が不渡りとなったならば、直ちに委託証拠金預り証を返還せしめ、本件におけるが如くそれが悪用されることを防止すべきであったにもかかわらずこれを怠り、不実の預り証を丸山が保持するに任せた過失ありというべきである。

二  控訴人は被控訴人の右各主張を争い、次のとおり述べた。

(一)  被控訴人主張の法規の違背は、行政上処罰の対象となることは格別、その違反行為によってなされた取引の私法上の効果を否定するものではない。

(二)  取引口座の移転に係る被控訴人の主張は、氷室は被控訴人を丸山への出資者として判断していたものであるから、氷室にとって口座の移転は意識外のことであって、理由がない。

また、委託証拠金がプリマ株式会社の小切手で入金された事実に対しては、小切手が有価証券である以上、それが漫然と受け入れられたとしても怪しむに足りることではなく、その受け入れから控訴人の過失を論ずることは無理である。

(三)  建玉に対する権利が誰に帰属するかは別として、被控訴人、丸山、氷室の三者の間において、取引上の処分は丸山を通じてなされるとの事実は了解されていたものである。また、被控訴人は氷室又は丸山から取引上の連絡を受けているのであるから、右連絡が虚偽のものでない限り、被控訴人は取引上の損害を蒙った者であっても、詐欺の被害者であるとはいえない。

本件に係る委託証拠金預り証は有効なものであり、それが悪用されたというのは被控訴人の独断に過ぎない。

三  ≪証拠関係省略≫

理由

控訴人が東京穀物商品取引所の商品取引員として商品の売買、その媒介を業とするものであることは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、訴外丸山常吉こと明が昭和四一年九月二六日控訴人に小豆の買付を委託したこと、丸山は控訴人に委託証拠金を差入れていなかったため、控訴人からその納入方を催促されていたこと、その後間もなく丸山が被控訴人の勤務先を訪れ、被控訴人に対し「控訴人に小豆の買付を委託しており、これに利が乗っている。一二月まで持っていれば更に利益が大きくなるので、委託証拠金の立替払をしてほしい。」旨申入れたこと、これよりさきのことであるが、丸山は訴外豊商事株式会社と委託証拠金を差入れずに商品取引をして被控訴人に対し「利が乗っているから証拠金を立替払してくれるならこの利益をあげる。」といい、被控訴人がたやすく金六〇〇万円の委託保証金の立替払をしたところ、丸山は被控訴人の知らないうちに取引を続け、損失を生じたため委託証拠金と精算され、結局金五〇〇万円の返還を受けたにとどまったことがあったこと、丸山は控訴人の請求があったため、同年一〇月六日証拠金として金六〇〇万円の小切手を控訴人に差入れたこと、同小切手は到底信用できないものであったので、控訴人は現金を支払うよう丸山に強く求めたこと、そのため、丸山が再度被控訴人を訪れ、前同様の要請をしたこと、被控訴人は豊商事株式会社の失敗があったので、丸山の取引の権利を引受けられるなら立替払をしてもよいと考え、控訴会社の担当者を同道するよう求めたこと、同月八日丸山は控訴会社の外務員で丸山の取引の担当者である氷室武信を同道して被控訴人と面談したこと、被控訴人は特に氷室に対して、豊商事株式会社の件を説明して「被控訴人が委託証拠金を出捐するから、被控訴人の指図がない限り丸山名義で取引させないようにして貰いたい。」旨申入れたこと、丸山および氷室はともにその旨を了承し、被控訴人の指図に従う旨約束したこと、更に、右両名は委託証拠金預り証と丸山の印鑑を被控訴人に渡し、「これを渡しておけば、被控訴人の指図がない限り委託証拠金を動かすことはできず、絶対に安全である。」旨説明したこと、被控訴人がこれらの言葉を信用し、自分の指図のない限り丸山名義の取引はなされないものと考え、同日被控訴人が丸山のために金六〇〇万円を控訴人に立替支払ったこと、丸山および氷室は、ともに右約束を守る意思はなく、また、控訴人の取引の相手方は丸山であったから、控訴人としてはこの約束のような取扱いはできないことであったこと、被控訴人としては、この約束が守られないことを知っていたとすれば右金員を出捐しなかったであろうこと、丸山は、その後同年一一月二日までの間被控訴人の了解を受けずひそかに控訴人に売買委託をなし、結局売買は損失となり、委託証拠金と清算され、証拠金は金三万四〇〇円を残すのみとなり、差額金五九六万九六〇〇円が損失となったことが認められ(る。)≪証拠省略≫

右事実によれば、被控訴人は丸山および氷室に欺むかれて金六〇〇万円を立替え支払い、そのため損失を受けたのである。氷室は被控訴人と直接の取引関係に立つわけではないが、右事実の経緯からすれば、取引に準ずべき関係にあったわけであり、したがって、氷室としては商取引に要請される誠実義務があるとみられるから、被控訴人に対し真実を述べるべきところであったが、証拠金の収納を急ぐあまり被控訴人を欺き誤信させたわけであり、不法行為といわざるを得ない。そして、被控訴人が受けた損失はこれと因果関係のあることは明らかである。したがって、控訴人は氷室の不法行為につき使用者として損害賠償の義務を免れないわけである。しかし、被控訴人においても、たやすく氷室らの言葉を信用したことは過失の責があるから、過失相殺により、控訴人は金三五〇万円を負担するのが相当である。

以上のとおりであるから、被控訴人の請求は金三五〇万円および取引が終了した日の翌日である昭和四一年一一月三日から完済まで年五分の損害金の支払を求める範囲において理由があり、その余は失当である。よって、これと符合しない原判決を変更し、訴訟費用は民事訴訟法第九六条第九二条により、かつ、仮執行につき同法第一九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 宍戸清七 大前和俊)

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